モモと私
むかしむかしあるところに、小さな女の子がおりました
その子は大変な動物好きで、大きくなったら犬や猫と暮らすことが夢でした
時は流れ、また別のあるところに一匹の犬がおりました
人間の社会に属することなく、家族や仲間とひっそり暮らしておりました
全く接点のなかったふたりの人生が、一気に接近し
そして、しっかり結びつくことになったのは6年前の9月24日のことでした
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そう、今日はモモがセンターに収容された日
当時のモモにとって、最悪だったであろう日です
でも、その日が今の私たちに繋がる日になった…
だから、今日はとても意味のある日
私たちが決めた、モモの誕生日です
モモがイノシシ用の罠に前足を挟まれ、センターに収容されたのが24日
収容期限、つまり殺される予定の日は3日後の27日
(当時栃木のセンターの収容期限は基本的に4日でしたが
火曜日に収容されたモモは、処分機が稼働する金曜日に処分できるよう
3日の期限になったようです)
そして、収容期限の前日、26日の夜中に子犬を生みます
当時、センターでは小さな子犬や、センターで生まれた子犬を
公示せずに処分することが多々ありました
しかし、心優しいある方のおかげで、モモが出産したという情報が愛護団体に伝えられ
あの張り紙を私が目にすることとなったのです
当時私は16歳
モモは推定3~4歳?
あれをしたい、これをしたい、あれがほしい、これがほしい…
小さい頃からそんな要求を殆どしたことのなかった私が
ベッポマーとパーを説得し、必死に頼み込みました
高校1年生で、まだまだ子供ではありましたが
モモ一家が我が家にやってきた日から、彼らは私が責任を負うべき存在でした
一時限目から授業があるときは4時に起きて散歩をして、ご飯をあげてから
駅までの道のりを猛スピードで自転車を飛ばしたものです
6年の間に、高校を卒業し、大学に入学し、成人しました
最近やっと「大人っぽくなったね」と言われるようになりました
モモはあの時3~4歳だとすれば、10歳に近づき、シニアの域に入りました
白髪が少し増え、動きがたまに少しゆっくりな時があります
あっという間に6年の歳月が流れましたが
モモたちに対する責任感は微塵も揺らぐことはありません
もちろん、私が今の生活をすることが出来ている事の陰には
母ベッポマーの多大なる協力があることは言うまでもありませんが
誰かとどこかに出かけても「犬の散歩があるから」と
夕方までに帰るのはしょっちゅう(笑)
2次会なんてほとんど行ったことがありません
休みの日に遊びに誘われても、日曜日は里親会…
犬達を最優先にすることを理解されなくて、苦しい思いをしたこともあったけれど
理解してくれる人のほうが断然多い
(「子供がいるようなもの」と言っています)
そして何より、犬達のことを愛おしく思ってくれる人たちがたくさんいます
犬たちのせいで色々な制限があって不自由なんじゃないか、と心配されることも
責任が重すぎるんじゃないか、と心配されることもありますが
6年前の私が選んだ道です
もしも今、あの時の私と同じような選択をしようとしている子がいたら
私は勧めないかもしれない…
でも、私自身はこの道を選んだことをちっとも後悔していないのです
16歳の私が、本当に真剣に命と向き合って出した答えだったから…
なにかを理由にして、やりたいことを諦める必要はない
制限があっても、その中でうまくやれる方法を模索すれば良いのだ、と思っています
モモは私の人生にとって、本当に大きな存在です
モモがいなければモモの子供たちも
その後に保護することになったアランをはじめとする犬達にも
そして猫たちにも出会うことはなかったでしょうし
彼らを通じて生まれたたくさんの人とのかけがえのない縁も、なかったのですから
我が家にいる犬や猫は、妹や弟のような存在なのですが
モモだけは私にとって姉のような存在です
こんな犬には今まで出会ったことがありませんし
これからも出会うことはないだろうと思うほど、モモは特別な犬です
最初に会った時から、モモはずっとモモでした
思慮深く、思いやり深く、愛情深く、時には勇敢で
穏やかで、辛抱強く、包容力があり
年取った人にも、小さな子供にも、犬に対して恐怖心を抱いている人にも愛され
犬にも猫にも慕われる…
犬とか人間とか、そんな枠組みを超越した、尊敬できる存在です
モモちゃん、6年間ありがとう
これからもずっとずっとそばにいてください
モモちゃんのことが大好きです
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